Possibility alternative Ⅰ(02/11) [小説]

これはチラシの裏に書き留めるような駄文です。
どっかで見たような設定だったりしても気にしない!というか気にする人は読まない方がいいです。
この物語はフィクションです。
登場する人物・地名・団体は実在しませんし、似ていても全くの別物です。
駄文を読みたい方はそれを理解した上で、自己責任の下続きをご覧ください。



H.E.B.L――――
Hostile Extraterrestrial Biological weapons(敵性を持つ地球外生体兵器)と呼称された彼ら
と人類が初めて接触したのは、第二次世界大戦終結から一五年が経過した西暦1960年のことで
ある。
当時の人類は宇宙開発の熱が高まっており、その中でもアメリカ合衆国とソビエト社会主義連邦の
二カ国が競い合うように開発を進めていた。それはやがて、どちらが先に人間を宇宙に送り込むか、
という形に代わって行ったが、初の有人飛行に初の月面到達とどちらもソビエトが達成し、アメリカ
は巻き返しを図っていたのである。
そのきっかけとなったのは1951年。アメリカが火星圏へ送り込んだ無人探査機が地球とは異なる
文明の跡と共に、彼らの存在を齎した事が宇宙開発方針の転換に大きく寄与する事となった。アメ
リカは月面よりも火星に比重を置き始め、火星有人飛行の前段階として月面開発計画である『アポ
ロ計画』を開始したが、後に彼らが月面でも確認された事から方針が修正され、アポロ計画を人類
の月面移住計画へ拡大すると同時に、ある目的を付随させた。
表向きは人口増加の打開策として組み込まれた月面移住計画ではあったが、実際は月面で確認さ
れた地球外生命体と密かに接触して友好関係を結び、あわよくば彼らの技術供与を受けて宇宙開
発の利益を独占したいという思惑が存在した。
ところがいざ接触を試みようとした矢先に、アメリカはとてつもない難題に突き当たる事となった。
それは地球外生命体との意思疎通の方法、即ち言葉の壁である。
この最も単純で最も難解な問題に彼らが出した答えは、同じ意味を持つ文面を地球に存在する全
ての言語で書き出す、というもの。勿論それは相手が地球の言語を知っているという前提であり、
知らなければ意味は無いのだが。
兎にも角にもアメリカによる極秘のファーストコンタクトが試みられ、それは見事に失敗した。
月面探査機で送られたメッセージの意味が判らなかったのか、それとも探査機そのものが発見さ
れなかったのかは不明だが、地球外生命体からの回答は得られなかった。その後は表向きのア
ポロ計画の裏で密かに調査チームを編成して月面に送り込んでいたが、彼らは誰一人として二度
と地球の大地を踏む事は無かった。
三度送り込んだ調査チームはいずれも地球外生命体と接触に成功したが、いずれも彼らに殺され
た。この時点でアメリカは地球外生命体との交渉を諦め、アポロ計画の廃止を決定した。
同時にこの生命体が人類の脅威になることを予期し、専門の研究機関を極秘裏に立ち上げると、
地球外生命体に対抗するための新兵器開発に着手したのである。
そして彼らの危惧していた事は、それほどの時間を置くことなく現実のものとなった。
1970年2月、建造中だった月面第三コロニーが地球外生命体の群れに襲撃され、彼らの存在は
世界中に知れ渡り、これによってアメリカはアポロ計画の全容を公表せざるを得なくなった。
当然ながら、危険と知りながら彼らの存在を秘匿していた批判を免れ得ず、月面コロニーの放棄
とその間の防衛戦力としてアメリカ航空宇宙軍の月面派兵が国連決議に於いて賛成多数で可決
された。常任理事国のアメリカには拒否権が存在したが、他の常任理事国が同調してロビー活動
を展開する事で拒否権発動を阻み、同時に国連安全保障会議でこの地球外生命体を「H.E.B.L(ヘ
ブル)」と呼称する事が決定された。
先進国では数少ない航宙戦力を有するアメリカだったが、彼らですらH.E.B.Lの侵攻を遅らせるの
が精一杯であり、辛うじてコロニー住人退去の時間は作り出せたが同時に月面の完全制圧を許し
てしまった。
そして1972年9月、遂にH.E.B.Lの地球侵攻が開始されたのである。
H.E.B.Lが満載されたカプセルが北米大陸カナダ東部に落下し、そこが地球上に於ける最初の戦場
となった。これに対処するアメリカ軍の動きは素早く、月面に於ける戦闘から既存戦力の不利を知
っていた彼らは陸戦部隊との足止めと航空部隊の爆撃で押さえ込むと、躊躇せず落下地点に核ミ
サイル三発を撃ち込んで殲滅したが、予測落下点を早くに割り出し事前勧告によって住民が退避し
ていたとはいえ、他国の領土に躊躇無く核ミサイルを撃ち込んだ姿勢は当然ながら国際社会から
非難を浴び、この対処によってカナダ東部は死の大地へと変貌してしまった。
それから半年が過ぎた1973年3月、人類は再びH.E.B.Lの侵攻を受ける事となった。
カプセルが落下したのは中国南西部だが、H.E.B.Lの独自サンプル調査を目論んだ中国は安保条
約で定められた対H.E.B.Lの取り決めを無視し、国連軍の派遣を拒んだことが人類にとって悲劇の
始まりとなった。
大規模な陸戦部隊で足止めし、航空部隊の爆撃で殲滅する。それが基本的なH.E.B.L対策であり、
当然ながら中国もそれを踏まえて国防軍の8割弱を投入する万全の体制で臨んだが、狙撃型と
呼ばれる新種の登場によって状況は一転した。
宇宙空間とは異なり、これまで重力下のH.E.B.Lは上空に対する攻撃手段を持たないと思われてい
たが、狙撃型の登場によってその弱点が補われてしまった。加えて狙撃型の攻撃手段がレーザー
という、現在の人類の技術では実質的に回避不能な攻撃である事が致命的となり、国防軍の航空
機は成す術無く撃墜された。当然航空戦力のほぼ全てが失われた状況でH.E.B.Lを抑えきれるわ
けも無く、中国国防軍は潰走を余儀なくされた。また他国や国連軍も現状では打開策が無く、H.E.
B.Lは中国のタクラマカン砂漠に巨大な巣を作り、勢力を世界各地へ広げていく事となる。
航空兵器を無力化されて既存の兵器、既存の戦術の形骸化を招いてしまった人類だったが、突
破口を提示したのはまたしてもアメリカだった。
彼らは以前から進めていた対H.E.B.L用兵器開発プランの一つとして、従来の戦闘機よりも運用に
柔軟性を持たせたHumanoid Tactical Mobile Wepon(戦術的運用を行う人型機動兵器)と、
その実働機であるF-4ファントムを発表した。
この新兵器最大の特徴は操縦者の脳波によって機体制御の補助を試みた点にある。具体的には
人間が体を動かす際に脳から発信される電気信号を受信・解析し記録、更には戦闘時の機体の
挙動データを蓄積し、それを元にOSが搭乗者の機体運用を補助するのだ。
また小型ロケットエンジンとジェットエンジンの併用による強力な推進エンジンは、長年の宇宙開発
と航空機開発の賜物であり、跳躍や飛行は勿論、空中での急加速も可能となっている。これによっ
て地上のみならず空中での戦闘も可能とした人型兵器として完成し、アメリカはこの兵器の独占販
売を目論んだが、当然ながらこれには世界各国が反発し、当のアメリカ国民も非難を浴びせた。
結局針の筵となったアメリカは機体のライセンス生産を認め、これがきっかけとなって世界各国で
F-4ファントムの生産が開始。アジア・欧州地域を始めとする最前線に投入されたが、本来は宇
宙空間運用を前提とした機体であり、最前線の要望を必ずしも満たす代物ではなく、やがて各国独
自の改良が施され各々の戦場に適した機体へと変わっていった。
その一方でかつて大東亜戦争に敗北しながらも無条件降伏を回避し、主権国家としての地位を守
った日本帝国では、搭乗者に武家出身者が多いことから人類を衛る兵という意味を込めて機体操
縦者を「衛士」と呼び、同時に兵が扱う機械仕掛けの武器という意味から機体を「戦機刃」と呼び倣
わしたが、やがてこの呼称が人類共通の呼称となっていった。

紆余曲折を経ながらも人類は新たな兵器を手にし、H.E.B.Lに対する包囲網を狭めていくかに思わ
れたが現実は違った。人類が新たな武器を得たようにH.E.B.Lも新たな個体種を投入し、更に圧倒
的な物量で徐々にだが確実にその勢力圏を広げていった。
人類が初めてH.E.B.Lの脅威に晒されてから二五年が経ったときには、中央アジア諸国の大多数と
欧州の東側や中国全土、更にはロシアも飲み込まれつつあり、その牙は日本帝国にも及んでいた。
西暦1998年(皇紀2658年)――――
この年、ユーラシア大陸に於ける対H.E.B.L戦線は激化の一途を辿っており、朝鮮半島に防衛線を
築いていた日本帝国軍と国連軍の共同部隊ですら防ぎきれないところまで追い詰められ、帝国軍
は本土防衛のため止む無く大陸から撤退した。
ところが水際による防衛を目論んだ帝国軍は、大型台風によって海軍を洋上展開出来ないという
不運にも見舞われ、7月28日未明に九州地方で本土上陸を許すと8月6日朝には虎の子である
帝国騎衛軍の一部を投入しながらも京都府・帝都が陥落。更には別方面から佐渡島への上陸も
阻止出来ず北信越地方との二正面を強いられた事で東進を許し、8月11日に辛うじて静岡県内
の沼津防衛線で喰い止めたが、上陸を許してから二週間足らずで軍民併せて三〇〇〇万人の命
と国土の半分近くを奪われてしまった。
この戦いに於いて西日本に展開していた部隊は壊滅し、加えて同盟関係にあったアメリカが安全
保障条約を一方的に破棄し、在日米軍を引き上げた事で戦力の低下した当時の日本帝国軍には
奴らを押し返し国土を奪還する余力が残っていなかった。
日本帝国軍最高責任者でもある征夷大将軍・御剣清十郎は疲弊した戦力の回復を図るため、後
進の指導及び育成に充たっていた衛士を前線へと投入する事で防衛線を強化すると同時に、後
任として直属部隊である帝国騎衛軍を充てる苦肉の策で代替した。これに関しては政府は無論の
こと、軍部からも異論が噴出したが清十郎が示した騎衛軍を前線に投入した際の費用対効果の
数値の悪さには押し黙るしかなかった。
帝国騎衛軍に配備されていた機体は高いスペックを誇るが維持管理費も高くなるため、長期に渡
る最前線への投入は経済状況を更に悪化させる。かといってこの機体を破棄すれば財政負担は
軽減されるが防衛線を維持するのが精一杯となり、国土奪還のための戦力が失われる。
緩やかな滅びの道を辿るか、耐え忍んで反攻の時を窺うか……結局後者を受け入れ、二年の間
戦線を維持すると同時に、独自に構築していた外交ルートを通じて対抗手段を手に入れる算段を
着けて作戦の準備を着々と進め、遂に人類初となる対H.E.B.L反攻作戦を成功させたのだった。


半ば廃墟となった夜の市街地でビルの陰に機体を隠し、緊張で顔を強張らせた若き男性衛士は、
心中で湧き上がる不安を必死に押し止めながら凝視するように計器の反応を見ていた。
動体センサーに表示された赤い光点が四つ、一定の速度で彼が身を隠している方向へと近付いて
くる。動くものを探知する動体センサーは当然ながら味方機も映し出すが、機体は同士討ちを避け
るため識別信号を発信するようになっている。しかし他の計器に目を通してみても、現在近付いて
くる光点から味方機としての信号は発信されていない。これは即ち、接近中の相手がH.E.B.Lである
こと意味していた。
噴出した汗が一滴、頬を伝って顎へと流れ落ちる。
それを拭う事もせず、センサーの反応を頼りに慎重に距離を測っていた彼は、相手が攻撃圏に入
ったことを確認すると進路を塞ぐように建物の影から飛び出した。
操縦桿のトリガースイッチ入れると、機体が手にした自動小銃から毎秒一二発の35mm弾が射出
され、接近してくる虐殺型に命中していくが、生命力の高いH.E.B.Lは数発の弾丸を撃ち込み、多少
の肉を削った程度では怯まずに突進してくる。
先頭の一体を銃弾の雨によって仕留め、二体目を射撃で足止めしながら背負っていた剣を左手で
扱い斬り払う。更に射撃で三体目を足止めしつつ、一旦距離を置こうと彼がペダルを踏み込んだ
次の瞬間、腰部機動用スラスターを吹かした機体は地を滑るように後退し、背後の建造物へ盛大
に激突した。機動用スラスターの出力を上げすぎたのだ。
日本の国土は起伏に富んでおり、その地形に対応するため機体も機動性と運動性を重視した仕
様になっている。従って搭乗者には繊細な操縦技術が要求され、出力調整や制御が雑になると機
体は簡単に暴れてしまうのだ。
「くそっ!」
腹立ち紛れに吐き捨てた彼は、兎にも角にも体勢を整えようと試みた。
搭載されている自立制御装置の出力を上げると、ビルに対して背中から倒れ掛かるように静止して
いた機体が自動的に直立していく。
そこへ不意に鳴り響く警告音。メインモニターに目を移すと、虐殺型は目前にまで迫っていた。
再びトリガーを引き、ペダルを踏み込む。
零距離射撃を行いつつ側面から時計回りに相手の背後へ回り込み、態勢を立て直すのが狙いだ
った。幸いな事に片側2車線の道路としては道幅が広く、試みとしては悪くない選択だったが、今度
は横揺れの強い衝撃が操縦席を襲う。
焦りで機体の制御が雑になり、当人が想定していた以上の出力を引き出してしまったのだ。
道路の角に面したビルの壁面に対し、横向きのまま盛大に衝突した。反射的に逆制動を掛けてい
たのが幸い、大きくめり込んで身動きが取れなくなる事態は避けえたが、完全転倒を免れたもの
の、機体は地に両手を付いた四つん這いのような状況で停止してしまう。操縦席の機体損害状況
を知らせるモニターは自動検査の結果を問題なしと表示していたが、動体センサーの方は相変わ
らず警告音を鳴り響かせている。
機体を起こそうとした彼の目に飛び込んできたのは、メインモニターに映し出された虐殺型。その
甲殻類の鋏のような前脚が動きを止めた機体に止めを刺さんと振り上げられた次の瞬間、操縦
室内に長い電子音が響き渡り、真っ赤に染まったメインモニターにはある一文が表示された。

皇紀2661年(西暦2001年)3月8日 石川県日本帝国軍北陸方面防衛隊第四駐屯地――――
国連軍の協力の下、第一次反攻作戦を成功させた日本帝国軍だが、岐阜・愛知・石川を奪還した
後西進する事は無かった。本来なら勝利の余勢を駆って一息にH.E.B.Lを駆逐したいところではあ
ったが、それを成し得ない事情が彼らに存在していた。
ハイヴと呼ばれるH.E.B.Lの巣。地球上で新たなH.E.B.Lを生み出す侵攻の中継基地と言うべきそれ
は、かつての帝都に存在しており迂闊に進軍する事が出来なかった。また、ハイヴ攻略にも国連軍
の協力は必要不可欠であり、何よりも第一次反攻作戦で消費した物資の補充が当面の最優先課
題だった。
その為帝国軍は防衛線を強固に張り、ハイヴ攻略の準備を整える時間を作り出す必要があった。
こうした事情から奪還した県に臨時の前線基地を複数設置し、H.E.B.Lの動向に気を配っていた。
北陸第四駐屯地もその一つで現在二中隊が配備されており、福井県側からの侵攻に即応出来る
ようになっている。
第四駐屯地格納庫内。配備されている機体の一つに、整備服を着た男性が近付いていく。
その機体は衛士訓練の戦闘シミュレーションを行っていたが、訓練終了から五分が経過してなお、
搭乗者は機体から降りる気配を見せていなかった。
機体に近付いた彼が定められた手順に従って操縦席の扉を開くと、中では戦闘シミュレーションの
結果がよほど堪えているのか、一人の若い衛士が盛大に落ち込んでいる。
「そろそろ機体から降りてもらえんでしょうかね、鷹梨参尉殿?終わったのにいつまでも居座られ
ちゃ、こっちも仕事になりませんよ」
呆れたような口調で語る男性に対し、鷹梨参尉と呼ばれた若い衛士は幼さの抜け切らない顔を上
げると、申し訳無さそうに謝罪しながら機体を降りる。若く、経験の浅いうちは失敗は付き物だが、
彼の失敗は一度や二度の話ではない。また同じようなミスを繰り返し、落ち込む気持ちは判らなく
も無いが、仕事に支障を来すようでは責任者として注意せざるを得ない。
整備兵の男性は悪いと思いつつも、意気消沈し重い足取りで引き上げる自分の息子とあまり年の
違わぬ若き衛士の後ろ姿を黙って見送り、果たすべき自分の仕事に取り掛かった。

日本帝国は徳川家による武士封建政治が崩壊し、明治維新に伴う国家の近代化で武士の支配す
る世界は一応の終焉を迎えた。だがそれは武士と国家運営に関する政治的権限が切り離された
だけに過ぎず、武士の消滅を意味するものではなかった。
実際身分制度が改められ、武士という存在が忘れ去られてなお、彼らは先祖代々受け継いだ技を
磨き、誇りと共に継承していた。故に彼らは日本帝国の窮地に際して先陣を切り、外敵と刃を交え
る姿勢は今も変わっていない。特に男子の武家出身者は必ず軍籍を所持している。
現在も最前線で戦う衛士の多くは武士の家系に連なっており、H.E.B.Lとの開戦当初は武家出身者
以外は衛士に成れなかったほどである。
しかし予想より長引く戦闘とそれに伴う衛士の損耗率の高さは無視出来ぬものとなり、当初は武家
出身者男子のみに許されていた衛士資格を女子にも与え、やがては身分に囚われず広く資格を
与えるようになっていった。鷹梨参尉もまた、武家外出自衛士の一人だった。
鷹梨浩太参等陸尉は未だ19歳、皇都と呼ばれる日本帝国首都・東京を出自とする衛士である。
幼い頃から困っている人を放っておけない性格で、それが長じて衛士を志し、義務教育課程終了
後に両親の反対を押し切って陸軍教練学校へと進学したのだが、そこからは苦難の連続だった。
武家出身者とそうでない者には、教練学校時代から明確な違いが存在している。或いは素質の差
と言うべきだろう。武家出身者は物心付く頃から剣術を徹底的に仕込まれ体に染み付いているの
に対し、そうでない者は殆どが教練学校から本格的に習熟する。この違いが戦機刃の扱い、とりわ
け近接戦闘による白兵戦に大きな差を生む事となる。
人間は手や足を動かすとき、脳が命令を電気信号として発しており、搭乗者はこの電気信号を受
信する特殊な装置を頭部に装着することで、機体の制御を補助している。武家出身者ならば体に
染み付いた型を準えるよう反射的に機体を動かす事が可能だが、そうでない者は一度思考が挟ま
れるため反応が遅れてしまう。要するに武家出身者は機体を自身の纏う鎧として扱えるのに対し、
武家外出身者は鎧を纏った人形を扱う形になってしまうのだ。
当然の帰結というべきか、鷹梨浩太の成績は決して芳しくなく、同期の中でも最低クラスだった。そ
れでも配置変更や落第が懸かる試験となると不思議と好成績を叩き出して周囲を驚かせた。だが
長続きする事は無く、同級生からは「強運持ちの鷹梨」などと呼ばれ、事情を知らぬ他のクラスや
上級生、下級生達から「何故あれで残っていられるのか?」と不思議がられ、彼が在籍した教練学
校では七不思議の一つになっていた。
ともあれ鷹梨浩太は今から一年前に教練学校を無事に卒業し、参等陸尉の任官を受けて帝国陸
軍第玖機動連隊揮下の第弐突撃中隊に配属された。その後帝国軍は第一次反攻作戦で北陸・中
部地方を奪還し、第弐突撃中隊は現在石川県内の北陸第四駐屯地に詰めている。
シャワーで汗を流す間に気持ちを切り替え、軍服に身を包む。招集を掛けられた鷹梨浩太は着替
えを済ませた後会議室へ向かっていたが、その途中で見知った人物から声をかけられる。
近付いてきた若い軍人の名は同じ中隊に所属する弘田圭一。足を止めていた浩太は彼が隣に来
るのを待ってから、今度は並んで歩を進める。
「で、やっぱり今回もダメだったか?」
戦闘シミュレーションの結果。それを何の前フリも無く、唐突に尋ねられた浩太は苦笑で返す。
一見すると歳の近い先輩後輩だが、浩太と圭一は同期でもある。
同い年で、同じ武家外出自を持つ衛士ということを知っており、配属された当初の圭一は浩太に対
して強い敵対心を抱いていた。同じ部隊に居ながら会話どころか目も合わせず、当時の二人の関
係は隊員の間でも心配されていたが、険悪な状況は長く続かなかった。
「お前って、ほんと不器用貧乏だよな。要領が悪いというか」
それが着任の顔合わせ以来、初めて圭一が浩太に掛けた言葉だ。要領よくなんでもそつなくこなし
て多芸に秀でるが、決して一流には届かないのが器用貧乏ならば、要領悪くなかなか一人前に達
せない自分は不器用貧乏とも言える。言いえて妙だが的を得ているな、などと当時の浩太は益体
も無い感想を抱いたものだ。そんな浩太の心情を他所に、圭一はこう続けたのだ。
「だからお前には手も出すし、口も出してやる」と……
ようは同じ非武家衛士として負けられないと思っていたが、浩太の実力があまりにも情けなく、非武
家衛士という出自が軽んじられぬため鍛えよう、という結論に至ったわけである。
それ以降、圭一は浩太の訓練に我慢強く付き合った。尤も、要領の悪さは簡単に改善されるもの
ではなったが地道に力を付け、新兵が最も戦死し易い初陣を共に生き残った。
以来二人は親友と呼べる関係となり、それは今も続いている。
4×8m四方の大きさを持つ会議室では先着していた隊員が幾つかのグループに分かれ、それぞ
れ談笑に花を咲かせていたが、二人が入室するとピタリと止んだ。そして彼らもまた、戦闘シミュレ
ーションの結果を知りたがる。浩太が言うよりも早く、軽快な口調で圭一が報告すると一同からドッ
と笑いが起こり、口々に慰めや激励が始まる。中には結果を嘆く隊員も居るが、それは彼らの本心
ではない。配属された頃の浩太が初陣で生き残れる可能性は無いに等しい、というのが彼らのほ
ぼ一致した見解であり、浩太が自らの不足を努力で補って生き残ったこと、今もまたそれを続けて
いることを知っている。二十代前半で構成された第弐突撃中隊のメンバーの心境は不甲斐無さに
対する嘆きや苛立ちより、出来の悪い弟が必死に努力し、成長するのを見守る兄達の心境に近い
のだろう。そんな彼らの反応に、浩太は恥ずかしさと申し訳なさで恐縮するしかなかった。
「そういえば聞いたか?今日から新人が入るって話」
恒例となっている通過儀礼を果たし、席に着いた浩太に圭一が話し掛けてきた。
「いや、僕はシミュレーションやってたから。けど、この時期に入ってくるって事は新兵じゃないな」
「ああ、新兵じゃない。なんでも皇都の部隊から転属だってさ」
圭一の発したその言葉に、浩太は首を傾げた。
皇都とは京都、即ち帝都陥落の折に再遷都され、日本帝国の首都となった東京の名称である。
現在の日本帝国軍は石川・岐阜・愛知の三県に分散配置されているが、他の二県と比して広い平
野部を抱える愛知には戦機刃だけでも二一八機、二個師団相当の戦力が国連軍協力の下交代で
防衛の任に就いている。また、北信越・東北・北海道の日本海及びオホーツク海沿岸地域は大陸
からの侵攻に備えて部隊が分散配備されている。
三年前の本土防衛戦以降、日本帝国軍は厚木空軍・横須賀海軍を統合し横浜基地を新設すると、
国連軍を常駐させる事で関東圏の防衛及び治安維持に努めているが、それを差し引いても現在
皇都に残っている部隊は多くない。
浩太が更に思考を進めようとしたとき、会議室の扉が開き二人の人物が入室してきた。集まってい
た隊員が一斉に起立し迎え入れると、最初に入室した30歳前後と思しき男性は着席を促す。
指示に従って席に着いた浩太は、入室してきた二人を改めて見た。
一人は彼も良く知る人物で、部隊長の岩本恒張二等陸尉。
まだ29歳だが最前線部隊の中隊長としては年長者の部類に入り、外様武家出身のベテラン衛士
で数多の死線を潜り抜けた歴戦の兵だ。
そしてもう一人は見慣れない軍服を着た、浩太や圭一と年の変わらないであろう若い女性士官。
解けば腰までありそうな長い黒髪を後頭部で一つに結わえ、幼さを残しながらも鋭い眼差しを持つ
容姿は軍服に良く映える。
帝国騎衛軍第拾陸騎衛師団所属、如月舞依参等陸尉。それが彼女の所属・姓名と階級だった。

[to be continued]



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