Possibility alternative Ⅰ(04/11) [小説]

これはチラシの裏に書き留めるような駄文です。
どっかで見たような設定だったりしても気にしない!というか気にする人は読まない方がいいです。
この物語はフィクションです。
登場する人物・地名・団体は実在しませんし、似ていても全くの別物です。
駄文を読みたい方はそれを理解した上で、自己責任の下続きをご覧ください。



第四駐屯地 三時間後――――
騎衛師団から出向している如月舞依参等陸尉は微かに濡れた髪を気にする様子も無く、予め与
えられた自室で寝台に横たわりながら天井を見上げていた。
あれから侵攻してきたH.E.B.L群を二時間弱程で撃退し、戦死者の遺体回収と事後処理を後方支
援部隊に委ねて帰投。その後新たな侵攻の気配が見られないことから迎撃作戦行動の終了と休
息が命じられ、彼女が戦闘による汗を洗い流して自室に戻ってきたのは二〇分前のことである。
第弐突撃中隊に配属されてから既に九日。その間H.E.B.Lの襲撃が三度あり、いずれの防衛戦に
も出撃したが、その度に彼女の中にある疑問が膨らみ苛立ちを抱えるようになっていった。
「やっぱり……判らないな」
右手に握っていた資料の束――第弐突撃中隊の隊員軍務履歴と戦果の詳しい資料をプリントア
ウトしたもの――を捲り呟いた。その中の一枚には第弐突撃中隊の損耗率が記されている。
とりわけ目を引くのは衛士損耗率6.7%という、最前線の部隊では凡そ考えられないような数値。
部隊の中でも突撃中隊は、その名の通り敵中に飛び込んで近接戦闘で相手を切り崩す役割を担
っている。必然的に損耗率は上昇し、一年間の部隊損耗率は四割超と帝国軍全体で見ても一番
損耗率が高い部署である。
ところが資料に依れば、この第弐突撃中隊で一年間に失われた衛士は僅か八人。他の前線部
署でも戦闘中の死亡等で一ヶ月間に三人は入れ替わるという点を考慮すれば、第弐突撃中隊の
それは凄いを通り越して異常と表現しても良い数字である。実際、生存率93%以上を誇る最前
線部隊など世界中を見回しても他に存在しない。尤も、中隊の損耗率が著しく低下したのは一年
前からだが……
これ程まで高い生存率を誇る部隊である以上、余程腕の立つ衛士が揃っているかと思ったが資
料を見ても、また実際に彼らの戦闘を目の当たりにしてもそうは思えない。際立った技術や戦闘
能力を持つのは精々三人程度で、突撃担当の部隊としては平均の域を出ないだろう、というのが
舞依の結論でもあった。故に疑問が生まれ、理由が見えないことに対する苛立ちが募るのだ。
「まさか――――本当に人ならざる者の加護を受けているというのか?」
そう呟いたのは、最初の迎撃作戦が終わった折に隊員の一人が言っていた「俺たちには強力な
守護神が憑いている」という言葉を思い出したからだ。無論、そんなオカルトめいた話を真に受け
るような舞依ではなく、冗談として受け流したわけだが。
「如月参尉、まだ起きておられますか?少々お話したい事があるのですが」
扉をノックする音が聞こえ、次いで若い男性の声が聞こえる。舞依は無視しようかと一度は考えた
が、嫌な想像が頭を過ぎり致し方なく応じかけたところで改めて自分の格好に気付いた。
任務を終えて自室に戻った安堵感も手伝ってか、着替えの途中で些か気が緩んでいたようで、下
着の上からシャツを一枚羽織っただけの、人前には到底出られない格好をしていたのだ。
舞依は外に立つ人物に対し、少し待つよう伝えると慌てて身繕いを始めた。とりあえず最低限の
体裁を整えると、「平常心、平常心」と自身に念じこませるように小さく呟いて扉を開いた。
「それで、話というのは?」
訪問してきた高梨浩太に形だけの挨拶を済ませ、舞依は本題を促した。
「先程の戦闘で助けて頂いたお礼を、まだ言ってませんでしたので。それで」
「お礼?」
そう問いかけ、先程までの戦闘を思い返し、そういえばそんな事もあったかと納得する。尤も彼女
にとっては助けたと言うより、あまりの不甲斐無さに見兼ねて手を出した、と言う方が正しいが。
「別に礼を必要とされることはしていない。帝国軍人として、同胞の窮地を救うのは当然の事だ」
例えそれが、不甲斐無く頼りない足手まといと呼べる者であっても、とは言わなかったが。
鷹梨浩太は真面目というか義理堅いというか、その点は評価に値する美徳だが些か要領が悪い
というか、気配りに欠ける部分が見られるのが欠点だと彼女は感じている。
事実、浩太はお礼の言葉を述べると、用が済んだと云わんばかりに立ち去ろうとする。目的がお
礼を述べるだけなら互いに休息をとった後でも問題はなく、疲労している相手をわざわざ尋ねて
する必要は無い。舞依がその点を指摘すると、浩太はあからさまに「しまった」という表情を浮か
べ、重ねて謝罪の言葉を述べた。
「まさかと思うが、貴官は私が寝ていたら起きるまでここで待とうとしたのではなかろうな?」
流石にそれは無いだろうと思いつつ、それでも彼ならやりかねないという不安を抱き恐る恐る問い
かけた舞依だったが、肯定されると呆れたように溜息を吐いて浩太を追い返す。扉を閉め、苛立
ちが募るのを感じながら、それ以上に強い睡魔に襲われた舞依は疲労でふらつきながら辛うじて
寝台へ辿り着くと、そのままうつ伏せに倒れ込み眠りの底へ落ちていった。

「それでは、全員の無事な帰還と第弐突撃中隊の新たな仲間の歓迎を祝いまして。乾杯!」
第弐突撃中隊が割り振られた第四駐屯地の隊舎。その食堂に集まった面子は、弘田圭一参等陸
尉の挨拶に併せて乾杯の唱和を上げた。それぞれがグラスの中身を飲み干し談笑が始まる。
如月舞依が着任してから一〇日目の昼、定期補給によって食料に余裕が生まれたことと余剰食材
の消費期限が迫っていた事も相俟って、それらを消化する意味で彼女の歓迎会が催されていた。
尤も、他の部隊には先の戦闘で犠牲者が出ており、彼らの心理面を配慮して屋内でのささやかな
ものだが、裏を返せば第弐突撃中隊にはそれだけの心理的余裕がある、とも言える。
そして主賓である如月舞依は談笑の輪に加わろうとせず、いつものように彼らの様子を窺いなが
ら内心で溜息を吐いていた。
「心此処に在らず、というよりは理解出来ないといったところかしら?」
声を掛けられた事に驚きながらもそれを表に出さず、声の主を見ながら舞依は脳裏で人名ファイ
ルを開き、やがて一人の人物を導き出す。
向島沙由利参等陸尉――――外様武家である向島家の次女で、三年前に第弐突撃中隊へと配
属された衛士で、隊員の中では古株に当たる21歳の女性。とりわけ射撃技術に秀でており、乱
戦の中でも正確にH.E.B.Lを撃ち抜ける技量の高さで前線の衛士を支援する、射撃突撃支援の役
割を担う人物であり、如月舞依同様に第弐突撃中隊では数少ない女性衛士の一人でもある。
「一応軍務なんだから、話くらい良いじゃない」
話し掛けるなと言いたげに睨み付ける舞依の態度に、沙由利は苦笑しながら告げる。
それを取り合おうとしない舞依だが、待機中の訓練も軍務に含まれないのか?と問われては、詭
弁と思いつつも態度を軟化せざるを得なかったが。
「――――正直驚いている。最前線の部隊は叩き上げの精鋭揃いで、高い緊張感を維持してい
ると思っていた。ところが実際の彼らは緊張感など微塵も見せず馴れ合っている」
「四六時中緊張しっぱなしだと、精神的に持たないわよ」
「それは実情を見て理解したが、私に理解出来ないものは別にある」
言葉を切った舞依は一人の衛士に視線を移し、沙由利もまた彼女の視線を追う。その人物は少し
離れた歓談の輪の中で、話題の中心として盛り上げられている。
「それは鷹梨参尉のこと?」
「――――忌憚無く申し上げれば、彼は衛士としてあまりに未熟過ぎる。足手纏いとしか思えず、
あの程度の技量では戦死していても可笑しくない。にも拘らず彼は今日まで生き残り、この部隊
は世界でも類を見ない高い生存率を誇っている。それが私には理解出来ない」
弱いのに何故生きていられるのか?その疑問に沙由利は理解を示した。
彼女自身を含め、一年間同じ部隊で戦ってきた他の隊員ですら浩太の能力を計りかねている以
上、一週間程度しか見ていない舞依が彼の存在を疑問視するのは無理からぬ事だ。
舞依が抱いた疑問は、言い換えれば部外者が抱く共通の疑問だろう。
「つまり舞依ちゃんは浩太くん、鷹梨参尉のことが気になる、と」
「発言の意図が不明瞭です」
何訳の判らない事を、と言わんばかりの視線を向けられた沙由利はマジマジと舞依の顔を見つめ、
やがて呆れたように溜息を吐いた。冗談ではなく、極めて本気で理解出来ていないと思えたからだ。
舞依が抱いている疑問の答えは、他ならぬ『鷹梨浩太自身の実力』にあることを沙由利は知ってい
る。ところが如月舞依は彼に関して『足手纏いの未熟者』と結論を出し、疑問の答えは部隊そのも
のだと考えている。この認識の差こそ、沙由利が溜息を吐いた理由でもある。
無論、沙由利のそんな反応を見過ごすわけも無く、舞依は彼女に詰め寄るが答えは得られない。
今の如月舞依が抱える疑問を解くのは『百の噂より一の事実』、即ち『百聞は一見に如かず』だと
感じたからだ。故に沙由利はただ一言、「自分で確かめてみれば良いんじゃない?」と告げて会話
を打ち切る。対する舞依は真意を測りかねて困惑し、立ち去る沙由利の背中を見つめていた。

夜の戦場に射撃音が轟き、同時に肉を抉り取る鈍い音が響き渡る。
不定期に侵攻するH.E.B.Lの群れが警戒線を越え、防衛線に接触したのは一時間ほど前のことで
あり、第弐突撃中隊も迎撃のため最前線で戦闘を行っていた。
当然だが、最前線に配置された部隊はH.E.B.Lと戦闘を行う回数も多く時間も長い。必然、人的損
耗率も高くなり、補充が成されない限り稼動不能な状況に陥る事もある。そうなった部隊は基本的
に補給などの後方支援を担うが、この一年間で第弐突撃中隊が最前線を離れた事は一度も無い。
即ち彼らは北陸方面に於ける全ての迎撃作戦に投入され、侵攻を受ける度に死線に晒される過
酷な部隊とも言えた。
そしてこの部隊に於ける鷹梨浩太の役割は強襲前衛。先頭に立って敵陣に斬り込む突撃前衛を
補佐する役であり、白兵戦と射撃戦の両方で高い技能が求められる難しいポジションだが、中隊
長の岩本弐尉は周囲に支援させる目的で敢えてここに配置していた。
陽炎の持つ自動小銃が突如咆哮を止め、モニターは警告音と共に残弾が0になった事を告げる。
対峙する虐殺型は瞬間的に弾幕が途切れた事で陽炎に接近するも、別方向からの射撃で牽制さ
れ侵攻を阻まれる。
『慌てず落ち着いて、正確にやれ!』
「はい」
援護射撃により時間に余裕の出来た浩太は、岩本の叱咤に応え操縦桿を動かす。空になった弾
倉が外れ、同時に背中のウェポンパックに装着した予備弾倉のロックが外れる。これを腰の後ろに
回した左手で受け止め、そのまま銃に接続するとモニターの残弾表示が回復し再装填の完了を知
らせる。浩太はトリガーを引いて弾幕を張り、虐殺型の接近を押さえ込むと再装填のため地面に突
き立てておいた剣を左手で握り上段から斬り伏せる。
浩太の再装填が無事に終えたことを確認し、岩本は部隊陣形を修整するため指示を飛ばした。そ
れに従い、中隊各機が浩太を中心として陣形を整えていく。その状況に如月舞依の苛立ちは募り、
陣形の修整が加えられる度に内心では舌打ちしていた。
機体性能の高い御速を駆るため、突撃前衛の役割を担う彼女は本来なら敵中で白兵戦を繰り広
げ、相手の陣形を切り崩し押し留める部隊の中でも援護を受ける立場にある。ところが第弐突撃
中隊は最も未熟な鷹梨浩太を中心とした陣形を組み、彼をバックアップするため良く言えば堅実な、
悪く言えば地味な戦い方に終始することが大半である。
尤も、それを成し得るのは偏に舞依を含む、二人の突撃前衛の技量の高さゆえではあるが。
刀を模した二本の剣のうち長刀を両手で正眼に構え、慎重に間合いを計っていた舞依は、機体が
剣術の型を準えるように操縦桿を動かす。
正面の敵に右足で踏み込みながら上段から一撃。すかさず右前方の敵に斬り上げ、左前方の敵
が鋏を振り下ろすより早く相手の左側面に回りこむと袈裟斬りに振り下ろし、そこから水平に左か
ら右へと薙ぎ払う。
その流れるような一連の動作は、武家の娘として幼い頃から厳しく叩き込まれた修行の賜物であ
り、舞依の剣術を体現した御速は一振りで確実に虐殺型を屠っていく。
周囲の虐殺型を片付けた舞依は前方との間合い、味方機との距離の双方を考慮し、消極的な安
全策ではなく積極的な攻勢を行うため、後続の虐殺型を屠るべく間合いを詰める選択をした。この
選択は一時ながら功を奏し、再装填を必要とした他の機体に時間を与えた。しかし――――
『フォックスⅢ、突出し過ぎだ!』
単機で突出して何体の敵を斬り伏せたのか?相手の鋏をかわし、剣で受け流しながら返す刀で虐
殺型を斬り伏せていた舞依は、通信機越しに伝わる岩本の警告で自分が突出し過ぎたことに気付
いた。
目の前の相手に対処しつつ動体センサーで確認すると、周囲の虐殺型が後方にいる味方機との
間に割り込むような動きをしているのが確認出来る。その意図は明白であり、隊列から離れた御
速を完全に切り離して排除する目的以外あり得ない。他の機体とは段違いの性能を誇る第三世代
型とはいえ、これだけの数に一度に襲い掛かられては捌き切れない。また、味方機はそれぞれが
目の前の敵に対処している真っ最中であり、同士討ちの可能性を考慮すれば射撃支援も行えず、
離脱のための援護は望めない。従って彼女が生き残るには包囲陣が完成する前に脱出し、味方
部隊と合流を果たす以外に方法は無い。当然ながら相手もそれを簡単には許さず、今迄以上に苛
烈な攻撃を加えてくる。
『フォックスⅣ、フォックスⅤ。フォックスⅢの後退を支援しろ』
『無茶言わないで!こっちも手一杯なの』
『これじゃあ近付けない』
通信機から聞こえる悲鳴と怒声を聞き流しながら、舞依は歯噛みしていた。今は御速の性能に助
けられて命を繋ぎ止めているが、常に動き続ける事で相手の攻撃を捌いてきた影響は確実に機
体を蝕み、損害情況を知らせるモニターは駆動部が黄色く染まっている。
可能ならば跳躍して一気に包囲網を抜け出したいのだが、虐殺型の群れが繰り出す矢継ぎ早の
攻撃に対処するのが精一杯で、そこまでの余裕は無い。
如月舞依が討たれるのは、最早時間の問題だった。だが――――
「隊長、ここをお願いします。少しの間だけ保たせて下さい」
言うが早いか、鷹梨浩太は左手の剣で眼前の敵を斬り払うと岩本の制止を振り切り、ほんの僅か
に攻撃が途切れた隙間を見逃さずペダルを強く踏み込んだ。過度な出力によって跳躍した機体が
宙返りするように飛び出すと、反動を利用して左手の剣を進行方向に対して投げつける。
それは折りしも側面から御速に襲い掛かろうとした一体に命中し、周囲にいた数体を吹き飛ばし
た事で僅かながら包囲網に綻びを生む。浩太はそれを確認することなく空中で失速寸前の機体を
辛うじて維持すると、再装填した銃を左手に持ち替え地上に対し銃撃を開始した。
一方で死を覚悟するしかなかった如月舞依は、突如訪れた望外の幸運に理解が及ばずにいた。
ただ、離脱しろという言葉に反射的に体が動き、機体を後方へと跳躍させる。
一足飛びに包囲の輪を抜け出し、味方機と合流を果たした舞依は自身を助けた人物――――左
手の銃で牽制しつつ右手一本で器用に長刀を振るい、群がる虐殺型を斬り伏せていく陽炎――
――を見て、驚きを隠せずにいた。
直後に岩本の命令で後方に控えている遠距離支援機からの砲撃が始まる。
如月舞依の救出に成功したものの、第弐突撃中隊は既に戦線を維持出来るだけの余力など残さ
れていない。それ故、ここは一度後退して体勢を立て直す必要がある。
幸いだったのは、丁度後退のタイミングだったことだろう。
各機は残弾を撃ち尽くように弾幕を張りつつ距離を取ると、一目散に補給ポイントへ後退した。

「相変わらず、ヒヤヒヤさせてくれるぜ」
「ほんと、いつもながら勝手に戦列離れるんじゃねえよ」
「でもまあ、お陰で孤立していたお姫様の救出も出来たし、俺達も全滅しなくて済んだわけだ」
「中隊長殿のフォローがあったればこそだけど」
シャワー室で先の戦闘に於ける鷹梨浩太の行動に対し、男性隊員たちから様々な声が上がる。
浩太が行ったのは完全に命令外の行動であり独断専行である。
それは確かに手詰まりになっていた局面の打開に成功し、窮地にあった如月舞依の命を救ったが、
同時に他の隊員の命を危険に晒した側面は否定出来ない。あくまでも結果が良い方向に出ただけ
で、彼の行動が軍隊の命令系統を逸脱したものだという事実は変わらないのだ。
尤も、彼の独断専行が無ければ如月舞依の戦死、最悪の場合は長距離支援攻撃再開前に部隊
の壊滅と戦線の崩壊という可能性もあり得たが、その功罪を差し引いても浩太にペナルティーが課
されるのは確実だった。
他の隊員が課される処罰内容をあれこれと推量している間、浩太は全員が生還出来た事を喜び、
安堵の吐息を漏らす。前線部隊の中では損耗率の低い第弐突撃中隊ではあるが、それでも戦闘
中の死亡者が皆無というわけではない。事実、彼は配属から一年間で8人の隊員が戦死するの
を目撃してきた。その中には彼を庇ったが為に命を落とした者や、今回のように突出したところを
分断包囲されて亡くなった者もいる。その都度、浩太は自身の未熟さを痛感し、砂を噛まされる思
いを味わってきた。
他の隊員から僅かに遅れてシャワー室を出た浩太だが、その行く手を遮るように隊員たちがお姫
様と称した如月舞依が立ち塞がる。恐らく先にシャワーを済ませた彼女は、浩太が出てくるまで待
っていたのだろう。
礼節を重んじる譜代武家出身者らしく軍服をきっちりと着こなすその姿は、他者に対して言い知れ
ぬ威圧感を与える。これも彼女が「お姫様」と称される理由の一つではあるが。
「まずは貴官に礼を言いたい」
「礼、ですか?」
「そうだ。先の戦闘に於いて、私は貴官のお陰で命を拾う事が出来たのだ。改めて礼を言う」
感謝の意を述べ頭を下げる舞依の姿に、浩太は内心で面食らう。
彼が知る限り如月舞依という女性は無駄話を嫌い、任務中に於いても会話と呼べない最低限の
会話で済ませる傾向がある。意思疎通の拒否、或いはコミュニケーションの拒絶と言うべきか、と
にかく他人と関わるのを嫌がるところが見受けられた。
中でも浩太に対しては嫌悪かそれに類する感情を抱いている節を感じ取っていた。
故に浩太は意外な行動と思ったわけだが、彼女の出自を考慮すれば納得もいく。さすがに周囲に
迷惑を掛けることが圧倒的に多い浩太にとって、些かこそばゆい状況なのだが。
「いえ。仲間の窮地を救うのは、帝国軍人として当然の事じゃないですか」
「なるほど。当然の事、か」
軍人として感謝される事に慣れておらず、照れ臭さもあって何気なく発した浩太の言に、如月舞依
は冷たい声音で反応してゆっくり顔を上げた。
表情こそ変わらないが、その目には微かに怒りが込められている。
「貴官が自己を過大評価せずに謙遜するのは勝手だが、それも度が過ぎれば厭味か卑屈にしか
聞こえぬ事を自覚すべきだ」
「厭味だなどと。そんな事は」
「では私に対する当て付けか?」
勿論浩太にそんな意思など無かったが、舞依にとっては鬱積していた苛立ちも相俟って神経を逆
撫でされた気分だった。これまで必死に抑えてきた感情は、浩太の言に刺激された事で堰を切っ
たように溢れ出し、徐々に自制が効かなくなっていく。
「私を助けたときの戦いは、見事と言って良いものだった。だが、あれが貴官の本気だとしたら、
何故普段から実践しない」
「それは――――」
「我らが死に物狂いで戦っている奴らは、貴官にとって本気で戦う相手ではない、と?『本気を出さ
ぬが故に、周囲が皺寄せを被っている』ことに気付けない程、貴官は愚かなのか?散っていった
仲間や礎となった先達に対し、恥じる心を持ち――――」
如月舞依が言葉を途切れさせたのは、鷹梨浩太の態度に明確な変化を感じ取ったからだ。
彼女が知る限り、鷹梨浩太という人物は自身の失態に対しては謙っていると思われても仕方ない
程に恐縮するか、或いは苦笑いを浮かべる。尤も、後者は過去の失態を笑い話の種にされてい
るときのものだが、現在の鷹梨浩太の反応はどちらでもない。
僅かに視線を下に落とし、悔しそうに唇を噛んでいるその姿から、舞依は踏み込んではいけない
部分に踏み込んでしまったのを自覚した。
同時に相手の内実を知りもせず、自身の感情と推測で非難していることに気付いてしまった。
迂闊だったとしか言いようが無いが、かといって一度口にした言葉を引っ込める事も出来ない。せ
めて言い返して貰えればまだ救いようはあるが、彼女が知る限り鷹梨浩太という人物はそういう
類の言い訳をしない。
結局彼女に出来た事は、後悔を抱きながら会話を切り上げてその場を去ることだけだった。

[to be continued]



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