Possibility alternative Ⅰ(06/11) [小説]

これはチラシの裏に書き留めるような駄文です。
どっかで見たような設定だったりしても気にしない!というか気にする人は読まない方がいいです。
この物語はフィクションです。
登場する人物・地名・団体は実在しませんし、似ていても全くの別物です。
駄文を読みたい方はそれを理解した上で、自己責任の下続きをご覧ください。



『では、二人とも無事なんだな?』
「今のところは。ですが、現状では帰還する手段がありません」
『夜が明ける頃には状況も好転するだろうが、万が一と言う事もある。迎えを寄越すまで十分注意
し、警戒を怠るな』
了解しました、と簡潔に答えて通信を終了すると、時間を追う毎に激しさを増す風雨に揺さぶられ
る車内で鷹梨浩太は現在時刻を確認した。
唯一の道路が地滑りによって陥没し、即時帰還を断念した浩太らが一時的な退避場所を確保した
のは一〇分ほど前。その後無線で駐屯地への報告と救助要請を申請したが、答えは彼が予想し
ていた通りだった。兎に角即時救助が期待出来ないと判った以上、まずは朝まで無事に過ごす事
が最優先の課題である。最悪の事態を想定していつでも車両を動かせるようキーを挿したままに
すると、浩太は車を降りて建物へと移動を始めた。
瓦礫が残る不安定な足場と激しい風雨に苦戦しながら建物へ辿り着いた浩太は、引き戸になって
いる入り口を開くと滑り込むように中へ入り、雨が吹き込まないよう素早く閉めてようやく安堵の吐
息を吐いた。
富山県の中でも最前線に近い西部地域は、現在も一般人の立ち入り禁止区域に指定されている。
加えて仮設発電所から電気供給を受ける駐屯地や、新潟から電気の供給を受けている東部地域
と異なり、ライフラインは途絶えたままとなっている。当然ながら建物の中は電気が通っておらず、
降雪地帯特有の家屋が備える囲炉裏の火が唯一の光源でもあった。
尤も、一度は戦場になった土地で、破損状況の軽微な建物が残っていただけでも奇跡だが。
「とりあえず朝まで待て、だそうです。この雨と風では仕方ない事ですが」
「――――そうか」
囲炉裏の側にいた如月舞依の声に落胆の色が見られないのは、彼女もまたそれを予期していた
からだろう。浩太と舞依を回収するだけなら戦機刃を出せば事足りるが、衛士たちは侵攻に対す
る警戒態勢中であり、今日のような天候では余計に神経を尖らせているため捜索・回収に回せる
余裕は無い。
唯一可能性があったのは輸送ヘリによる回収だったが、夜間・強風・視界不良の三重苦では到底
飛ばすことは出来ない。従って夜が明け、天候が回復しない限り回収部隊は動けず、それまでは
自分達で何とかするしかない、というのが浩太と舞依の出した結論でもあった。
浩太は雨を吸って重くなった軍服を苦労しながら脱ぐと、サバイバルパックから予備のアンダーシ
ャツを取り出して着替えたが、ズボンに手を掛けたところで動きを止めた。痛み止めや止血剤を
始めとする簡易医療キット、様々な大きさの布にザイル、携帯用非常食や飲料水といったものが
詰め込まれているサバイバルパックだが、さすがに予備の制服は入っていない。
濡れた軍服を全て脱ぐという事は裸のままで居るのと同義であり、上半身は構わないが下半身と
なると些か以上に障りがある。
結局浩太は着替えを上半身だけに留め、下半身は濡れて肌に張り付く生地の不快感を我慢する
事にした。
人の手が入ることなく三年近くも放置された建物の至る所に埃が積もり、蜘蛛の巣が張り巡らされ
ていたが土間には湿気を含んでいない薪が幾つか残されていた。一晩でも雨風を凌ぎ、暖を摂る
事が出来ると思えば多少の埃っぽさは我慢して然るべきであり、そこに文句を言うのは贅沢の極
みというものだろう。
建物の梁には何本ものザイルが渡され、その内の一本には視界を遮るように大きめの布が広げ
て吊るされている。如月舞依は囲炉裏の前で体を丸めるようにしながら、予備の布で全身を覆い
隠した状態で暖を摂っていた。
浩太は予め梁に渡しておいたザイルの一本に濡れた服を掛ける。淹れたてのコーヒーが入った
カップを舞依から受け取りつつ、斜め前方に腰を下ろして一口啜った。雨に打たれて冷えた体に、
コーヒーの温かさがじんわりと染み込んでいく。
「怪我の具合はどうですか?」
「――――まだ少し痛むが、大丈夫だ」
飲みかけのコーヒーを啜りながら返ってきた舞依の言葉に少しだけ安堵する。
ヘッドライトの明かりを頼りに民家を発見したのは良いが、移動の際に不安定な足場と強風によっ
てバランスを崩した舞依は、踏み止まろうとした際に左の足首を捻って捻挫していた。それを押し
隠して屋内での設営作業を行ったため、気付いたときには彼女の左足首は腫れ上がり炎症を起
こしかけていたのだ。そこで浩太は舞依に対する応急処置を施すと、残りの作業を一人で片付け
たわけである。当然ながら舞依はこれに反対したが、残っていた作業は使用可能な薪の確認と駐
屯地への連絡であり、結局は浩太の主張の正しさを認めて大人しくするしかなかった。
「とりあえず、交代で仮眠を取りつつ外の様子を観察。あとは――――運に任せるしかないな」
「運……ですか?」
浩太の問いに、冷めかけているコーヒーを啜りながら舞依は小さく頷く。
降り続く雨量が想定を超えて河川が氾濫した場合、民家を引き払う必要性に迫られる事となるが、
問題はそれだけに留まらない。H.E.B.Lの侵攻があれば、悪天候下での防衛戦を余儀なくされて損
害が大きくなる。最悪の場合は戦線の崩壊、防衛部隊の壊滅という事態も想定出来る。そして最
悪の事態が現実となった場合、孤立している彼らが生存する可能性は限りなく低いのだ。
つまり、本当に何事も無く天候が回復し、夜が明けない限り窮地を脱したとは言い切れない。云わ
ば彼らにとって、ここからが生存へ向けた正念場の時間でもあった。

(声が……聞こえる)
何処とも知れぬ場所で、如月舞依は初めて聞くような、或いは知っているような声が聞こえて戸惑
った。同時に泣き声であることに気付き、周囲を見回して声の主を探すが姿を見つけ出せない。半
ば諦めて視線を正面に戻したとき、舞依は初めて自分以外の誰かがそこに居た事に気付いた。
6歳くらいの幼い少女は俯き、立ったまま泣いていた。如月舞依はその少女の姿に奇妙な既視感
を抱きながら、子供用の袴を羽織ったおかっぱ頭の少女が誰なのかを思い出せずにいた。
「立て!まだ終わっておらぬ」
今度は男性の声による鋭い叱責が聞こえる。
聞き覚えのある声と思いつつ、その意味を図りかねた舞依が声の聞こえた方向へ振り返ると、先
程まで目の前に居た少女が地に伏せ、傍らには木刀を握り締めた老齢の男性が立っていた。
「この程度で根を上げるとは、武門の子として情けないと思わぬか?恥を知れ!」
男は倒れ伏したままの少女に更なる叱責を加え、手にした木刀で容赦なく打ち付ける。一方少女
は立ち上がろうと必死にもがくが、体を起こす事さえままならない。そんな少女の姿に男は舌打ち
すると、「これだから女子は」と忌々しそうに吐き捨てその場を去っていく。
それは彼女が事ある毎に祖父から言われ続けて来た言葉であり、その一言で如月舞依は自身の
過去を夢という形で見ていることに気がついた。
「お義父様、あの子はまだ幼いのですから――――」
「ワシのやり方に口を出すとは、随分と偉くなったものだな」
場面が変わり、またしても声が聞こえる。今度は祖父と母親の声だ。
(そういえば、母様はお爺様と良く口論をしていたような……)
そんなことを、ぼんやりと思い出す。二人が口論した後は決まって、母親が静かに泣いていたもの
だった、とも。
その時の祖父は必ず言うのだ。貴様が男子を産んでいれば問題は無かったのだ、と。
祖父は母親の頬を叩き、罵詈雑言を浴びせかける。対する母親は、抗弁することなく祖父に謝罪
する。そんな二人を止めるため舞依は声を出そうと試み、そこで目が覚めた。
囲炉裏にくべられた薪の炎が弱々しく揺らめいている。
既に何度目かの仮眠を交代で行い、その間に乾いた軍服を着直しもした。皺が出来ることを考慮
すれば軍服姿で仮眠を取ることに抵抗はあったが、いつまでも下着姿のままでは差し障りがある。
まあ足を痛めた状態での着用には些か難儀したが、かといって着替えを手伝ってもらう訳にもい
かず、舞依が先に仮眠を取り、浩太の仮眠中に乾いた服をさっさと着込んでいた。
「私は――――どの位寝ていたんだ?」
「一時間ほどです」
長いようで短いような気がしていたが、まだそれだけの時間しか寝ていなかったのか、という思い
を抱き、時計を見る。時刻は既に午前3時を回っており、夜明けまで二時間弱といったところだろ
う。それを確認した舞依は、雨音がしないことに気がついた。
「雨は四〇分ほど前に止みました。風はまだ時折強く吹いていますが、じきに治まってくれると思
います」
「そうか。だが、夜が明けるまで油断は禁物だな」
「幸いにも、外の様子に異常は見受けられません。それよりも、参尉は大丈夫ですか?」
浩太が二人分のコーヒーを淹れ直し、一つを手渡してくる。質問の意図を理解出来なかった舞依
はカップを受け取りながら問い返そうとしたとき、初めて自分が泣いていることに気付いた。
「少し、嫌な夢を見ただけだ。貴官が気にする事ではない」
涙を拭いながら、舞依は理由を答える。暫く心配そうにしていた浩太だが、それ以上の説明は望
めないと判断すると、外の監視に戻るため再び窓の側へと移動した。
「少しだけ――――聞いているだけで構わない。私の話に付き合って貰えないだろうか?」
炎の灯った囲炉裏の前で、両膝を抱えるように座っていた如月舞依は唐突に切り出した。
幸か不幸か、互いに沈黙したまま迎えるには夜明けが些か遠過ぎる。問われた鷹梨浩太はそれ
を了承し、それを確認した如月舞依は彼女自身の生い立ちを訥々と語り始めた。

如月舞依の祖父・如月源太郎は少将の地位にあり、齢60を越えて未だ現役の軍人である。
彼は武家出身者である事、軍人である事に対する自尊心が非常に強く、他者に対しても強く在る
ことを求める。故に彼を知る者から『鬼の如月』、或いは『鬼源太』とも呼ばれて恐れられている。
同時に男女平等の今の時代に於いて、『男が家を継ぎ女が家を護るという』古い因習を頑なに信
じて疑わない人物であり、産まれた孫が女子だったことに対し「何故男子を産まなかった」と激怒
する程であった。
また、舞依の母親は源太郎が望む二人目の子を生す事が適わず、必然的に怒りの矛先は舞依
と母親へ向かっていった。表向きには如月家の跡取りとして相応しい立派な人物に育てるため、と
言いながらも源太郎が行ったそれを教育と呼ぶには些か無理があった。
舞依の記憶では剣術、弓術、教養のいずれを鑑みても祖父から手取り足取り教わった事など無
い。口頭による説明と木刀による容赦ない矯正。義務教育の履修が軍属条件の一つであり、公共
の教育機関に於ける就学は認められたが自由は許されず、夜明け前から日付が変わる頃まで徹
底的に叩き込まれた躾と虐待の境目のようなそれが、祖父から彼女に施された教育だった。
彼女が8歳の時に父親が戦死してから祖父は以前よりも厳しく舞依に当たるようになり、それを庇
おうとした母親と衝突することが多くなっていった。そして舞依が9歳の時、夫を喪ったことと姑との
確執による心労が祟って、彼女の母親はこの世を去った。
「弱き者は如月の家に要らぬ!弱いことはそれだけで罪だ。貴様の母は弱かった、だから自らの
命で罪を購ったのだ」
それは母親の墓前で源太郎が舞依に対して掛けた言葉であり、彼女のその後に少なからぬ影響
を与えた。やがて強さという基準に於いて他者を判断するようになり、それが彼女に不幸を齎す。
物心付く頃には文字通り体に叩き込まれてきたため、彼女の剣術や弓術は同年代のそれを凌ぐ
ものだった。また、学業に於いても優秀である事を祖父から義務付けられていた舞依は学年主席
の成績を修めたが源太郎は決して満足せず、それが彼女の不幸に追い討ちを掛けた。
祖父に認められぬ自身より劣る者を弱者と断定し、彼女はそれを公然と口にするようになった。そ
れに対して周囲が反発するのは必死であり、嫌がらせを受けた回数を数えるのも馬鹿馬鹿しい。
また偏った教育で他者との円滑なコミュニケーション能力を育んで来れなかった事が致命的となり、
如月舞依が周囲から疎まれ、或いは煙たがられて孤立するのは当然の帰結と言えた。
帝国近衛軍養成学校時代、他者と比してかなり異質なのだと自覚したときは既に手遅れだった。
せめて源太郎がもう少しまともな教育を施していたら、相手の顔色を伺い波風を立てない賢しい対
応を学ぶなど、彼女を取り巻く環境も違っていただろう。
「結局、私に出来たのは他者との係わりを極力避けることだけだ」
そう言って舞依は力無く笑い、顔を伏せた。
最初から意図的に周囲の人間を遠避ける。そんな行動を採らせるという事は、孤独である事を強
いられているも同じだ。
「――――という話を聞いて、貴官はどう感じた?」
「はい!?」
「私を哀れんだか?それとも祖父に対する義憤を抱いたか?」
「それは――――」
突然の事に理解が及ばず間の抜けた返答を返してしまった浩太だったが、どういう意味かと尋ね
ようとして、顔を伏せたままの舞依を見た。その肩が震え、当初は泣いているのかと思っていた浩
太だが、よくよく観察すると笑いを堪えているものだと判る。つまり今までの話は――――
「そう、私の作り話だ。他者とのコミュニケーションが苦手なのは事実だが――――しかし、見事
に引っ掛かってくれて安心したよ。即興とはいえ、それなりに現実味のある話に仕上がったか」
そう言って一人悦に入る舞依に対し、浩太は「いやいや、ドン引きものでしょ」と心中でツッコミを入
れる。尤も、彼の生い立ちとて、ツッコミを入れられてもおかしくない程変わっているのだが。
ただ、彼女の笑いが表面的なものにしか過ぎないことは気付いていた。
「どうやら、丁度良い具合に時間を潰せたようです」
舞依が沈黙したため視線を再び外へ移していた浩太は、双眼鏡を覗き込むと安堵した表情を浮か
べて告げた。その意図を汲み取った舞依は「そうか」と小さく頷き、ザイルに通していた布を取り外
すと手際良く畳んでいく。
徐々に大きくなるヘリのローター音が、回収部隊の到着を高らかに告げていた。


[to be continued]


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

Possibility alternat..Possibility alternat.. ブログトップ

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。